チャーリー・ウィーズリー
チャーリー・ウィーズリー (Charlie Weasley) は、ウィーズリー家の次男です[1]。ホグワーツではグリフィンドールのクィディッチ・チームの主将を務め[2]、シーカーとしての活躍は卒業後も「伝説の人物」として語られました[3]。卒業後はルーマニアへ渡り、ドラゴンを扱う仕事に就いています[2:1]。
名前: チャーリー・ウィーズリー(Charlie Weasley)
生まれ: 1972年12月12日
性別: 男性
血統: 純血
種: 人間・魔法族
出身校: ホグワーツ魔法魔術学校(グリフィンドール寮)
団体: 不死鳥の騎士団
職業: ルーマニアでのドラゴンの仕事
- アーサー・ウィーズリー(父)
- モリー・ウィーズリー(母)
- ビル・ウィーズリー(兄)
- パーシー・ウィーズリー(弟)
- フレッド・ウィーズリー(弟)
- ジョージ・ウィーズリー(弟)
- ロン・ウィーズリー(弟)
- ジニー・ウィーズリー(妹)
来歴
ホグワーツ時代
チャーリーは1984年にホグワーツへ入学し、1991年6月に卒業しました。ハリーが入学する3か月前にあたります。
原作はチャーリーの学年も生年も書いていません。J.K. ローリングが旧公式サイトの F.A.Q. で、七人きょうだいの学年差を示しています。この文章に公式の日本語訳はありません[4]。
Bill is two years older than Charlie, who is three years older than Percy, who is two years older than Fred and George, who are two years older than Ron, who is a year older than Ginny.
(ビルはチャーリーより2つ上、チャーリーはパーシーより3つ上、パーシーはフレッドとジョージより2つ上、フレッドとジョージはロンより2つ上、ロンはジニーより1つ上です)
パーシーは1993年から1994年の学年度に七年生でしたから[5]、入学は1987年です。その3学年上にあたるチャーリーは1984年入学、7年後の1991年6月卒業ということになります。ローリングの旧公式サイトはチャーリーの誕生日を12月12日として表示していました[6]。ホグワーツの学年は9月1日の時点で満11歳が区切りで、同じ学年には前年の9月1日から当年の8月31日までに生まれた者が並びます。12月12日はこの区切りの前半にあたるため、生まれた年は1972年になります。
チャーリーはグリフィンドール寮に所属し、クィディッチ・チームの主将を務めました[2:2]。ポジションはシーカーで、グリフィンドールが最後に寮対抗杯を獲得したのは彼が在籍していたときのことでした[3:1]。
グリフィンドールが最後に優勝杯を取ったのは、伝説の人物、チャーリー・ウィーズリー(ロンの二番目の兄)がシーカーだった時だ。
その飛行の腕前は、卒業後もホグワーツで引き合いに出されています。1991年、箒の初授業でハリー・ポッターが急降下してネビル・ロングボトムの「思い出し玉」をつかんだとき、マクゴナガル先生はチームの主将ウッドに向かってこう言いました[7]。
「この子は、いま手に持っている玉を、十六メートルもダイビングしてつかみました。かすり傷ひとつ負わずに。チャーリー・ウィーズリーだってそんなことできませんでしたよ」
ウッド自身もハリーの素質を評するなかで、チャーリーの名を挙げています[8]。
「君はチャーリーよりうまくなるかもしれないな。チャーリーだって、ドラゴンを追っかける仕事を始めなかったら、いまごろイギリスのナショナル・チームでプレーしてたろうに」
選択科目には魔法生物飼育学を取っています。1993年、進路に迷うハリーに助言するパーシーは、兄の選択を引き合いに出して「自分の強みを生かすこと」を説きました[9]。
兄のチャーリーは外で何かするのが好きなタイプだったから、『魔法生物飼育学』を取った。
主将のバッジは弟の記憶に残っていました。1996年、ハリーがクィディッチのキャプテンに任命されて届いたバッジを眺めながら、ロンは「チャーリーがこんなのを着けてたこと、憶えてるよ」と言っています[10]。
ルーマニアへ
卒業後、チャーリーはルーマニアへ渡り、ドラゴンを扱う仕事に就きました[2:3]。ロンはハリーに、兄たちの近況をこう説明しています[2:4]。
「チャーリーはルーマニアでドラゴンの研究。ビルはアフリカで何かグリンゴッツの仕事をしてる」
1991年のクリスマスには両親がルーマニアへ会いに行き、ロンと三人の兄はホグワーツに残りました[11]。
姿現わしの試験には一度落ちています。1994年の夏、ハリーに術のことを説明するアーサー・ウィーズリーの傍らで、フレッドがそのときの様子を語りました[12]。
「チャーリーは二回テストを受けたんだ」フレッドがニヤッとした。
「一回目はすべってね。姿を現す目的地より八キロも南に現れちゃってさ。気の毒に、買い物していたばあさんの上にだ。そうだったろ?」
この失敗は、1997年にロンが試験を控えて不安がる場面でも蒸し返されています。ロンは、フレッドとジョージが一回で受かったこと、チャーリーが失敗したことを並べたうえで、「だけど、チャーリーは僕よりでかい」と自分を慰めました[13]。
ノーバートの引き取り
1992年、ハグリッドが小屋でノルウェー・リッジバック種のドラゴンを孵してしまったとき、引き取り先としてチャーリーの名を挙げたのはハリーでした[14]。手紙で相談を受けたチャーリーは、ルーマニアへ運ぶ手立てを返信で示しています[14:1]。
手紙をありがとう。喜んでノルウェー・リッジバックを引き受けるよ。だけどここに連れてくるのはそう簡単ではない。来週、僕の友達が訪ねてくることになっているから、彼らに頼んでこっちに連れてきてもらうのが一番いいと思う。
土曜日の真夜中、城のいちばん高い塔に集まった四人の友人たちが、箒のあいだにドラゴンを吊るして運び去りました[14:2]。このドラゴンがノーバートです。
1994年
1994年の夏、チャーリーはクィディッチ・ワールドカップの観戦のため「隠れ穴」に帰省しました。ハリーが初めて顔を合わせたのはこのときです[15]。夕食の席では、アイルランドが優勝するという見通しを譲らず、準決勝でペルーを退けた強さを根拠に挙げています[15:1]。キャンプ地へはビル・パーシーとともに「姿現わし」で合流しました[16]。
同じ年の11月、チャーリーは三大魔法学校対抗試合の第一の課題のため、ドラゴン使いの一人としてホグワーツへ派遣されます。禁じられた森の囲い地で、ハグリッドに連れてきた四頭を説明しました[17]。
「こいつはハンガリー・ホーンテールだ」チャーリーが言った。「向こうのはウェールズ・グリーン普通種、少し小型だ――スウェーデン・ショート‐スナウト種、あの青みがかったグレーのやつ――それと、中国火の玉種、あの赤いやつ」
課題の内容が「うまく出し抜くだけだ。たぶん」であること、代表選手が危険にさらされれば飼育員が消火呪文をかけられる態勢にあることも、この場で語られています[17:1]。ハリーの身を案じるチャーリーは、母には第一の課題の中身をとても言えないともこぼしました[17:2]。
この課題でドラゴンを引き連れる役目は、『ハリー・ポッターと呪いの子』でも触れられます。逆転時計でこの年に戻ったアルバスとスコーピウスが会場に立ち会い、ルード・バグマンがチャーリーの名を呼ぶ実況を聞きます[18]。
課題を終えたハリーに、順位を伝えに来たのもチャーリーでした[19]。
「ハリー、同点で一位だ! 君とクラムだ!」学校に戻りかけたとき、チャーリー・ウィーズリーが急いでやってきて言った。
そのクリスマス、ハリーがモリー・ウィーズリーから受け取ったセーターにはドラゴンの絵が編み込まれており、ハリーはチャーリーがホーンテールのことを母に話したのだろうと考えています[20]。翌1995年の第三の課題には、休みが取れずに来られませんでした[21]。
不死鳥の騎士団
1995年、不死鳥の騎士団が再結成されると、チャーリーもメンバーに加わります。ただしルーマニアに留まったままでした[22]。
「チャーリーも騎士団だ」ジョージが言った。「だけど、まだルーマニアにいる。ダンブルドアは、なるべくたくさんの外国の魔法使いを仲間にしたいんだ。それでチャーリーが、勤務が休みの日にいろいろと接触してる」
ビルの結婚式
1997年7月、チャーリーはビルとフラー・デラクールの結婚式のためルーマニアから帰国し、花婿付添い人を務めました[23]。到着するなり母に椅子へ座らされ、髪を短く切られています[24]。
ハリーの17歳の誕生日を祝う夕食の席では、ハグリッドがノーバートの近況を尋ねました[24:1]。
「ノーバート?」チャーリーが笑った。「ノルウェー・リッジバックの? いまはノーベルタって呼んでる」
「何だって――ノーバートは女の子か?」
「ああ、そうだ」チャーリーが言った。
「どうしてわかるの?」ハーマイオニーが聞いた。
「ずっと獰猛だ」チャーリーが答えた。
翌日の式では、ビルとともに白バラを挿したドレスローブ姿でテントの正面に立ちました[25]。披露宴では、ハグリッドたちと隅のほうで「英雄オド」を歌っています[25:1]。
ホグワーツの戦い
1998年5月2日、チャーリーはホグワーツの戦いの最終盤に援軍を率いて城へ到着します[26]。
玄関前の石段には味方が続々と押し寄せていた。チャーリー・ウィーズリーがエメラルド色のパジャマを着たままのホラス・スラグホーンを追い越して入ってくるのが見えた。二人は、ホグワーツに残って戦っていた生徒の家族や友人たちと、ホグズミードに店や家を構える魔法使いたちを率いて戻ってきたのだ。
この援軍については、スラグホーンの側から書かれた記述もあります[27]。
しかし彼は、ホグズミードにたどり着くと、村人を起こして動員し、チャーリー・ウィーズリーと共に援軍を率いて、戦いが最も重要な局面を迎えたときに戻ってきたのです。
戦後
2014年、パタゴニアで開かれたクィディッチ・ワールドカップ決勝に、チャーリーは家族とともに姿を見せました。この日の模様を伝える『日刊予言者新聞』のゴシップ欄には、リータ・スキーターの署名で次のように書かれています[28]。
ちなみに、赤毛を見かけたら、誰もがそれはウィーズリー家の者だと推測することであろう。しかし、それがジョージ(ウィーズリー・ウィザード・ウィーズの裕福な共同経営者)であるのか、チャーリー(ドラゴン使い、なぜかいまだに独身)であるのか、はたまた、パーシー(魔法運輸部部長―煙突飛行ネットワークが混みあった場合、責任は彼にある!)であるのかを見分けるのは難しい。
ドラゴンの仕事を続けていることと独身であることのほかに、戦後の暮らしは書かれていません。
外見
チャーリーは背が低くがっしりした体格で、双子の兄弟と似た体つきをしています。ハリーが「隠れ穴」で初めて会ったときの描写です[15:2]。
チャーリーは双子の兄弟と同じような体つきで、ひょろりと背の高いパーシーやロンに比べると背が低く、がっしりしていた。人のよさそうな大振りの顔は雨風に鍛えられ、顔中ソバカスだらけで、それがまるで日焼けのように見えた。腕は筋骨隆々で、片腕に大きなテカテカした火傷の痕があった。
握手をしたハリーの手には、タコや水ぶくれが触れました[15:3]。三年後に再会したときも、両腕は火傷や引っ掻き傷だらけです[24:2]。
人物像
外での活動を好む性質は、進路の選択にも表れています。パーシーは兄を「外で何かするのが好きなタイプ」と評しました[9:1]。動物の扱いについては、ハグリッドが1991年にロンへ近況を尋ねた際、「俺は奴さんが気に入っとった――動物にかけてはすごかった」と語っています[29]。
母モリーが双子を叱るとき、チャーリーは引き合いに出される側でした。1995年、「姿現わし」を悪ふざけに使う二人に向かって、母は「チャーリーは、何にでも見境なしに呪文をかけたりしなかった!」と並べています[30]。
家族や周囲への気遣いは、ドラゴンの囲い地でも表れています。第一の課題を前に、チャーリーがまず口にしたのはハリーの様子であり、続いて母がハリーを案じて泣いていることでした[17:3]。課題が終わると、結果を知らせる約束を果たすため急いでふくろうを出しに向かっています[19:1]。
登場・言及箇所
- 『ハリー・ポッターと賢者の石』
- 第6章「9と3/4番線からの旅」
- 第8章「魔法薬の先生」
- 第9章「真夜中の決闘」
- 第10章「ハロウィーン」
- 第12章「みぞの鏡」
- 第14章「ノルウェー・ドラゴンのノーバート」
- 『ハリー・ポッターと秘密の部屋』
- 第4章「フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店」
- 第14章「コーネリウス・ファッジ」
- 『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』
- 第15章「クィディッチ優勝戦」
- 『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』
- 第5章「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ」
- 第6章「移動キー」
- 第7章「バグマンとクラウチ」
- 第8章「クィディッチ・ワールドカップ」
- 第9章「闇の印」
- 第10章「魔法省スキャンダル」
- 第11章「ホグワーツ特急に乗って」
- 第19章「ハンガリー・ホーンテール」
- 第20章「第一の課題」
- 第23章「クリスマス・ダンスパーティ」
- 第31章「第三の課題」
- 『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』
- 第4章「グリモールド・プレイス 十二番地」
- 第5章「不死鳥の騎士団」
- 第9章「ウィーズリーおばさんの嘆き」
- 第13章「アンブリッジのあくどい罰則」
- 『ハリー・ポッターと謎のプリンス』
- 第6章「ドラコ・マルフォイの回り道」
- 第16章「冷え冷えとしたクリスマス」
- 第17章「ナメクジのろのろの記憶」
- 『ハリー・ポッターと死の秘宝』
- 第6章「パジャマ姿の屋根裏お化け」
- 第7章「アルバス・ダンブルドアの遺言」
- 第8章「結婚式」
- 第36章「誤算」
- 『ハリー・ポッターと呪いの子』
- 第2幕第7場「三校対抗試合 1994年」
- ポッターモア J.K.ローリングからの新着コンテンツ「クィディッチ・ワールドカップ決勝戦にダンブルドア軍団再集結」
- Pottermore Presents『エッセイ集ホグワーツ権力と政治と悪戯好きのポルターガイスト』(ホラス・スラグホーンの項)
脚注
『ハリー・ポッターと秘密の部屋』第4章「フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店」 ↩︎
J.K. ローリング旧公式サイト「F.A.Q. – You said recently that Charlie was two years older than Percy...」 ↩︎
『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』第1章「ふくろう便」 ↩︎
J.K. ローリング旧公式サイトが表示していた登場人物の誕生日(MuggleNet「JKRowling.com Archives: Birthdays」による記録) ↩︎
『ハリー・ポッターと賢者の石』第9章「真夜中の決闘」 ↩︎
『ハリー・ポッターと賢者の石』第10章「ハロウィーン」 ↩︎
『ハリー・ポッターと謎のプリンス』第6章「ドラコ・マルフォイの回り道」 ↩︎
『ハリー・ポッターと賢者の石』第12章「みぞの鏡」 ↩︎
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』第6章「移動キー」 ↩︎
『ハリー・ポッターと謎のプリンス』第17章「ナメクジのろのろの記憶」 ↩︎
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』第7章「バグマンとクラウチ」 ↩︎
『ハリー・ポッターと呪いの子』第2幕第7場「三校対抗試合 1994年」 ↩︎
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』第23章「クリスマス・ダンスパーティ」 ↩︎
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』第31章「第三の課題」 ↩︎
『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』第4章「グリモールド・プレイス 十二番地」 ↩︎
『ハリー・ポッターと死の秘宝』第6章「パジャマ姿の屋根裏お化け」 ↩︎
『ハリー・ポッターと死の秘宝』第36章「誤算」 ↩︎
Pottermore Presents『エッセイ集ホグワーツ権力と政治と悪戯好きのポルターガイスト』 ↩︎
ポッターモア J.K.ローリングからの新着コンテンツ「クィディッチ・ワールドカップ決勝戦にダンブルドア軍団再集結」 ↩︎
『ハリー・ポッターと賢者の石』第8章「魔法薬の先生」 ↩︎
『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』第5章「不死鳥の騎士団」 ↩︎